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Small talk ~紡ぐ~

2026年8月19日

【第1章】なぜ公金は”確実なもの”にしか使えないのか

公金には、原理的に「試す」ができない

行政の予算には、ひとつ、外せない性質があります。「税金だから、成果が読めないものには投じにくい」。
これは行政の責任感の裏返しです。住民から預かったお金を、「やってみないとわかりません」という事業に大量に投じて、結果が出なかったら、どう説明するのか。議会にも、監査にも、住民にも。だから公的資金は、すでに効果が確立された、確実性の高いものに向かいます。これは制度としては正しく機能しているのです。

問題は、確実なものにしか使えないということは、確実になる前のものは永久に試されないということでもあります。
技術革新が加速して、そこからこぼれ落ちる人が増えている。ひとり親、外国人住民、不登校を経験した方——島根県内には約6,300世帯の母子世帯があり、その77.5%が「経済面」を課題として挙げています。外国人住民は10,451人、外国人労働者は6,184人。一方で生成AIやRPAの人材需要は高まる一方なのに、学びと就労をつなぐ仕組みが足りていません。
こういう領域こそ、新しいやり方を試す必要がある。でも、まさにこういう領域が、いちばん成果を約束しにくい。
必要性が高い領域ほど、公金が入りにくい。この非対称性が、私が10年間ぶつかり続けてきた壁の正体でした。

もうひとつの構造上の壁:担当者に「やる理由」がない

生活支援と教育と就労支援を一体で動かそうとすると、必ず複数の部署にまたがります。福祉、産業振興、教育。それぞれに前例を確認し、それぞれの合意を取り、それぞれの「これはうちの所管ではないのでは」を乗り越えなければならない。その調整コストを負うのは、担当者個人です。
そして、成功しても、その人の給与や昇進に直接反映されるわけではない。一方で、失敗すれば説明責任はその人に降りかかる。やる理由が個人の側に設計されていないのに、やらないリスクだけが個人に降ってくる。この非対称がある限り、「前例がないので難しいですね」という返答は、その担当者にとって完全に合理的です。悪意でも保身でもなく、制度がそう設計されているだけです。
私はこれに気づくまで、ずいぶん遠回りをしました。人を動かそうとしていたのが間違いで、変えるべきは仕組みのほうだったのです。

内閣府のガイドラインが物語っていること

日本にも、この問題への公式の答えがあります。内閣府が示しているPFS(Pay For Success:成果連動型民間委託契約方式)共通ガイドラインです。
成果に応じて支払う契約にすれば、民間事業者の意欲が上がり、ノウハウが発揮され、支払額が適正化されて費用対効果が改善する。事業者側も、細かい仕様に縛られず、価格競争ではなく質で選ばれるようになる。まったくそのとおりだと思います。

ただ、このガイドラインの比較表を見て、私はいつも思うことがあります。列が、「自治体」と「民間事業者」の2つしかないのです。そこに「当事者」の列はありません。「出資者」の列もありません。
制度としては自然なことです。行政と受託者の契約なのだから、契約の当事者はその2者です。でも、この事業でいちばん人生が変わるのは、研修を受ける10名のはずです。そして、その資金を最初に出すのは、成果が出る前にリスクを引き受ける市民のはずです。この2つの主体を、制度の枠組みの中にちゃんと立たせたい。それが、今回の島根県SIBで私たちがやろうとしていることです。

従来型の委託事業とPFS事業

従来型の委託事業とPFS事業 ※内閣府:成果連動型民間委託契約方式(PFS:Pay For Success)共通的ガイドラインより引用

 

だから、順番を入れ替える

ここまでを整理すると、答えはシンプルです。
・公金は、確実なものにしか使いにくい
・でも、確実になる前に誰かが試さないと、確実にはならない
・ならば、試す部分だけを民間が引き受ければいい

まず民間の小口の資金で試す。成果が測定できたら、その成果に対して行政が支払う。うまくいったモデルは、行政が引き上げてスケールさせる。これが、Toby Ecclesが2010年に刑務所でやったことであり、島根県で私たちがやろうとしていることです。
行政は、失敗したうえに支払いまでするという事態を避けられる。だから、これまで手を出せなかった領域に踏み込める。事業者は、細かい仕様ではなく成果で評価されるので、現場で工夫ができる。そして市民は、寄付でも税でもない形で、地域の挑戦に直接参加できる。

 

成果が出なかったとき、この事業には何が残るのか。

とはいえ、SIBの仕組みそのものは目新しいものではありません。日本でも複数の事例があります。私たちがこの3年、島根県の担当者の方々と本当に議論を重ねたのは、その先でした。
成果が出なかったとき、この事業には何が残るのか。
この問いに正面から答えられる設計にしないかぎり、私は自分でこの仕組みを提案する気にはなれませんでした。次の記事では、「失敗しても失敗にならない設計」——事業費の過半が、成果指標の結果にかかわらず当事者に残る、という話をまとめます。

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