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Small talk ~紡ぐ~

2026年8月19日

【第7章】世界のインパクトボンドが、いま躓いているところ 2026年の最新動向に照らして本設計を検証する

「世界初」より、こちらのほうが大事だと思う

第4回で、私たちは「世界初」という言葉について、当社の知る限りという留保をつけたうえで、5つの要素を組み合わせた設計に限定して使うと書きました。

無限定の最上級表現より、もっと検証可能なことを書きます。
2026年時点で、インパクトボンドという道具は世界で何に躓いているのか。そして島根の設計は、その躓きに答えられているのか。

結論から書きます。この設計の一つひとつは、思いつきではなく、世界の失敗の記録に対する応答になっています。
そして今回調べ直して、自分でも驚いたことがありました。

 

1. 日本の現在地:379件のうち、SIBは19件

まず国内の数字から。
内閣府成果連動型事業推進室が2026年3月31日に公表した最新の調査(全地方公共団体対象、回答率90.9%)によると、日本のPFS(成果連動型民間委託契約)事業は、2026年3月末時点で累計379件。
前年度末から42件増えています。活用した自治体等は累計165団体。着実に広がってきました。

ただ、内訳を見ると景色が変わります。

分野

件数

前年度比

介護

153件

医療・健康

131件

まちづくり

24件

+2件

就労支援

15件

±0件

再犯防止

7件

環境

2件

±0件

就労支援分野は15件。前年度から1件も増えていません。

そしてもうひとつ。379件のうち、民間資金を入れる「SIB」の形を取っているのは19件だけ。全体の約5%です
つまり日本のPFSは、医療・健康と介護に集中し、民間資金を使わない形が9割以上という状態です。

就労支援で、しかも民間資金を入れて、しかも市民から小口で集める
この組み合わせが極端に少ないことが、数字から見えます。
私が10年近く自治体を回って断られ続けたのは、私の説明が下手だったせいだけではなかった、と少し救われた気持ちにもなります。

出典:内閣府「国内におけるPFS取組状況」(2026年3月31日)
https://www8.cao.go.jp/pfs/2026chousa2.pdf

 

2. そして今年、国の方針が変わりました

ここが、今回調べていていちばん驚いたことです。
2026年3月25日、内閣府のPFS関係府省庁連絡会議が「PFSアクションプラン(令和8〜10年度)」を決定しました
今後3年間の国の方針です。そこに書かれていた重点事項に、こういう項目があります。

– 重点3分野(医療・健康、介護、再犯防止)の事例を蓄積しつつ、まちづくり、社会参加・社会的支援活動の促進、就労支援、環境など多様な領域への横展開を進める
複雑な社会課題解決に対応する分野横断的なPFS事業の形成を促進する
– 事業の効率化や成果達成に向けた革新的な取組を促すため、AI等の最新技術を積極的に活用する民間事業者の参入を促進する

生活支援と教育と就労支援を横断して、生成AIとRPAの人材を育て、AIツールを自社開発している事業者が実施する
——島根県SIBは、国が今年3月に定めた3年間の方針と、正面から一致しています

もちろん、私たちがこの方針を先取りしたわけではありません。
3年前から島根県の担当者の方々と議論してきた内容が、たまたま国の問題意識と同じところに着地していた、というだけです。
でも、こう言うことはできると思います。日本の政策が「次にやるべき」と定めた領域で、実際に動いている案件が、いま島根にあります

新アクションプランのKPIは、3年間で150件、新規75団体、そして「先導的なPFS事業」3件。この最後の枠を狙うつもりです。

出典:内閣府「PFSアクションプラン(令和8〜10年度)」
https://www8.cao.go.jp/pfs/actionplan.html

 

3. 世界の現在地:数は増えたが、勢いは鈍っている

海外に目を移します。オックスフォード大学のGO Labが運営するINDIGO(国際的なインパクトボンドのデータベース)は、2024年11月に登録300件を突破しました。

2010年のピーターバラから14年で300件。
ただし、その内訳を見ると、成長は一様ではありません。

GO Labの分析によれば、2020年から2021年にサービス提供を開始したインパクトボンドは20件のみで、そのうち12件は英国政府のLife Chances Fundによるものでした。
コロナ禍の影響もありますが、新規組成のペースは明らかに落ちています

そして市場の関心は、個別のインパクトボンドから「アウトカムズ・ファンド」(複数の案件に成果報酬を支払う基金)へと移りつつあります。
1件ずつ組成するのはコストが高すぎる、という現実的な判断です。

インパクトボンドは、いま「ブームが終わったあとの検証の時期」に入っています。その検証の記録が、次の話です。

出典:GO Lab / INDIGO
https://golab.bsg.ox.ac.uk/knowledge-bank/indigo/

 

4. キャリアインパクトボンドの本家が、正直に書いた5つの失敗

ここからが、今回いちばんお伝えしたい部分です。
キャリアインパクトボンド(Career Impact Bond)という言葉を作ったのは、米国のSocial Financeという非営利組織です。
2019年に5,000万ドルの「UP Fund」を立ち上げ、職業訓練を受ける個人が学費を前払いせずに学べる仕組みを作りました。
訓練費を投資家が立て替え、卒業して就職し所得が上がったあとに、本人が所定の割合を返していく——ISA(所得分配契約)という形です。

そして2025年、彼らは自分たちの取り組みの総括を公表しました。
MDRCという独立の政策研究機関による最終評価報告書(2025年4月)と併せて、自分たちが何を見誤ったかを、かなり率直に書いています。

私はこれを読んで、背筋が伸びました。以下、彼ら自身が挙げた課題です。

躓き①:小規模な事業者が、そもそも参加できなかった

UP Fundは約100の訓練提供者と接触し、17社に詳細なデューデリジェンスを行い、最終的にキャリアインパクトボンドを組成できたのは6社だけでした。
理由は、要求される条件が厳しいからです。過去の実績データの蓄積、詳細な追跡データを取り続ける体制、学費収入を修了・就職に連動させられること。
Social Finance自身が書いています——この要件は、コミュニティカレッジや非営利組織、小規模な事業者にとって、参加を難しくしている。

躓き②:学習者の返済遵守率が、想定を下回った

ISAは「就職して所得が上がってから返す」仕組みです。しかしSocial Financeは、どれだけの学習者が返済義務をきちんと履行するかについて、自分たちは楽観的すぎたと認めています。
金融商品としての複雑さ、サービサーの使いにくさ、学習者本人の経済状況、不履行時のペナルティ——複数の要因が絡んだ、と分析されています。

躓き③:ISA市場そのものが縮小した

当初は成長市場と見られていたISAの組成・回収サービスの市場は、州政府と連邦政府がISAをローンと同様に規制し始めたことで、規制リスクが意識されるようになり、複数のサービサーが市場から撤退しました。

Social Financeは、ISAからアウトカム連動型ローンや、地域内で資金を循環させる「Pay It Forward Fund」へと商品設計を移しています。

躓き④:雇用と所得のデータが、そもそも取れない

成果連動型なのに、成果である就職と所得のデータを、完全・正確・タイムリーに取ることに苦労したと書かれています。
自己申告に頼る部分が残り、返済遵守率が低いことがデータの質をさらに下げる、という悪循環もありました。

躓き⑤:金融の問題を解いても、就労の壁は残った

これがいちばん重い指摘です。学費というわかりやすい壁を取り除いても、卒業生と求人のマッチング、認定を持たないプログラム修了者のスキルが評価されないこと、雇用主と訓練提供者の間に情報の往復がないこと——こうした壁は残った、と。

だからSocial Financeは、雇用主と直接つながる訓練モデル(アプレンティスシップやエクスターンシップ)へと重心を移しています。
教室で学んだことを、実際の雇用の場で使う機会を作らないと機能しない、という結論です。

出典:Social Finance「What We’re Learning About Outcomes-Based Financing for Workforce Development」
https://socialfinance.org/insight/what-were-learning-about-outcomes-based-financing-for-workforce-development/

MDRC「Expanding Access to Skills Training: Final Findings from the Career Impact Bonds Study」(2025年4月)
https://www.mdrc.org/work/projects/career-impact-bonds-cibs-project

 

5. 島根県SIBの設計を、この5つに当ててみる

ここで、正直に言います。私たちはこの5つを知っていて設計したわけではありません。
島根県の担当者の方々と、現場の事情から一つずつ詰めていった結果です。

でも、並べてみると、こうなりました。

世界のCIBが直面した躓き

島根県SIBの設計

①小規模な非営利組織は参加できない(100→6)

当事者主体の一般社団法人が、営業者そのもの。支援される側の団体が、事業の実施主体として資金調達をしている

②学習者の返済遵守率が想定を下回った

当事者は金銭を返済しません。払うのは自治体です。生活支援費180万円は、次の受講生を支える「恩送り」で返す設計

③ISA市場の規制リスクとサービサー撤退

ISAを使いません。匿名組合契約+第二種金融商品取引業者という、既存の規制枠組みの中で組成しています

④雇用・所得データが取れない

有償OJTを事業の中に内包しているため、実務のデータが自社で取れます。加えて第三者評価を実施

⑤金融だけでは足りず、雇用主接続型へ移行が必要

最初から有償OJTが必須**。受け入れ先を島根県内企業に開拓し、確保できない場合の受け皿を自社で保有

②が、いちばん大きな違いです。
米国のキャリアインパクトボンドは、当事者本人が返します。島根では、当事者は返しません。

ISAは「あなたの将来の所得の一部で返してください」という設計です。これは自由で公正な面もありますが、成果が出なければ当事者に返済義務が残るという構造を持っています。
だからSocial Financeは返済遵守率に苦しみ、規制当局はISAをローン扱いにし始めました。

島根では、返すのは自治体です。当事者は、次の人を教える側に回ることで返します。
第4回で書いた「日本は互助を広げるために使う」というのは、こういう意味です。個人の債務ではなく、コミュニティの循環として返す。

そして①です。世界では、まさに小規模な非営利組織が参加できないことが課題になっている。
その小規模な非営利組織が営業者になっているのが、この案件です

 

6. だから、何が意義深いのか

整理します。

– 日本のPFSは379件あるが、就労支援は15件で横ばい、民間資金を入れるSIBは19件(約5%)
– 国は2026年3月、就労支援・分野横断・AI活用事業者の参入を今後3年の方針に定めた
– 世界のインパクトボンドは、ブーム後の検証期に入っている
– キャリアインパクトボンドの本家が、5つの躓きを率直に公表した
– 島根県SIBの設計は、その5つに、結果的にすべて別の答えを出している

私は無限定の「世界初」だとは言いません。第4回で書いたとおり、当社の知る限りという留保をつけたうえで、5つの要素を組み合わせた設計に限ってそう呼んでいます。

代わりに、こう言います。
この設計は、世界がここ数年で払った授業料の上に立っています

小さな非営利組織が参加できない問題に、当事者団体が営業者になることで答えた。
当事者の返済義務という問題に、恩送りで答えた。ISAの規制リスクに、既存の金融商品の枠組みで答えた。
データが取れない問題に、有償OJTを内包することで答えた。雇用主とつながらない問題に、受け皿を自社で持つことで答えた。
そして、日本の政策がちょうど「次にやるべき」と定めた領域で、いま実際に動いています

規模は800万円です。世界の大型案件から見れば、ごく小さい。10名のための、半年間のプロジェクトです。
でも、小さいからこそ、小さな非営利組織でも組成できることを証明できます
世界がいま困っているのは、まさにそこなのです。

出資募集の締切は8月31日です
この記事を書いている時点で、目標800万円に対して集まっているのは1割強です。
10年近く断られ続けて、ようやく組成できた仕組みです。国の方針とも合っている。世界の教訓にも答えている。それでも、資金が集まらなければ成立しません。

出資は1口2万円から。分配金額や出資金の返還は保証されるものではなく、成果指標の達成状況等により元本が毀損する可能性があります。
詳細はエントライをご確認ください。

 

本記事の出典一覧

– 内閣府「国内におけるPFS取組状況」(2026331日公表)
https://www8.cao.go.jp/pfs/2026chousa2.pdf

– 内閣府「PFSアクションプラン(令和810年度)(2026325日決定)
https://www8.cao.go.jp/pfs/actionplan.html

– 内閣府「成果連動型民間委託契約方式共通的ガイドライン」(令和62月改訂)
https://www8.cao.go.jp/pfs/r6_guidelines.pdf

– Government Outcomes Lab (University of Oxford) / INDIGO
https://golab.bsg.ox.ac.uk/knowledge-bank/indigo/

– Social Finance「What We’re Learning About Outcomes-Based Financing for Workforce Development」
https://socialfinance.org/insight/what-were-learning-about-outcomes-based-financing-for-workforce-development/

– MDRC「Career Impact Bonds (CIBs) Project」/「Expanding Access to Skills Training: Final Findings from the Career Impact Bonds Study」(2025年4月)
https://www.mdrc.org/work/projects/career-impact-bonds-cibs-project

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